デジタルアーカイブ・ビッグバン京都'98 セッション 『KYOTO BORN AGAIN』【たぐち】 |
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のように得るのか、や歴史上の人物の衣装を手掛けるときの難しさなどを語っておられました。
陶芸家の楽氏は、初代の作品から自分の作品までを時系列で紹介していかれました。脈々と伝わるものと変化していくもの。同じ伝統を引き継ぎながらも、代ごとに顔が違うものなのだなと感じました。 伝統の継承には型を「写す」行為が附随します。この「写す」という行為はなんらかの型を模倣するもので、創造を捨てることではあるが、そこには必ず創造するという行為が存在する、そして京都の芸術/文化は古いものを「写す」と言う行為によって継承され、同時に再生されて現在まで生きて存在している。これから京都の文化を継承していくためには、再生(=BORN AGAIN)が大切なのだということでした。 第三部では、「KYOTO BORN AGEIN」と題し、京都で取り組まれているアーカイブの例として「京都醍醐寺の文書アーカイブ」や「陶磁器Virtual美術館」「ハイパーシルク」などが紹介されました。 また、パネリストとして、文様のアーカイブをされている京都造形大学の武邑先生が色の組み合わせのお話をされていました。 色の組み合わせ、というのには古代からのコンテクストがあって、その情報はなんらかの有益性をもつのでは、ということでした。色自体をコンテンツとするだけではなくて組み合わせの意味というものをコンテンツとしてあつかう、と |
いう発想が新鮮です。
また、黒竹さんという建築家の方もパネリストとして登場されていました。黒竹氏は、京都中京区に残る町家の整備・再生を行われています。木造建築というのは修繕がしやすいものらしく、古い町家を修繕し、呉服屋さんとして使用できるようにしたりしておられるそうです。古いものを古いものとして残していくだけではなくて、それを使用することによってでてくる価値があるということでした。 盛んに話されていたのは、アーカイブは「生きた情報」を扱うものでなくてはならないということ。伝統文化をデジタルアーカイブするとき、伝統の核となる情報が抜け落ちてしまう可能性がある。形だけをアーカイブしてもそれは形骸化された伝統にすぎない、アーカイブを生きたものにするにはその伝統文化のエッセンスをアーカイブ化する必要があるのだ、というお話でした。 確かにデジタルアーカイブをする上では情報のぬけ落ちをどうカバーし、生きた情報を載せるか、は普遍的な課題のひとつなのだろうと感じました。これはGAPにとってもテーマの一つになるのではないでしょうか。 最後には多くのパネリストの方から、「人のネットワーク」というコンテンツが欲しい、という意見がでたのが印象的でした。 京都は本当に伝統文化の宝庫だなと実感した今回のセッション。膨大な文化資産を抱え、これを如何に発信していくかが今後の鍵を握るのだろうと思います。 |
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